YAMAKOSHI NO JIUTA

やまこしの地唄

集落の記憶を、唄とともにのこす。

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天神ばやし
通年 祝唄
めでたいやこれの お釜が七つ 八つ 後に 御倉が 九つ お台所 めでたいものに 大根 種 花が 咲いて 実れば 俵が大根なる 白金銀の 銚子に 黄金台 注いで 回せば 隅々 光り 輝く
唄われる場面

大きな地主や旦那衆から小作地を借りている庶民が労力奉仕をした際の酒宴で歌われた祝唄。座敷に上げられ閉会となる際に必ず歌われた。

唄の解説

大きな地主や旦那衆から借りている小作地のおかげで、何とか食べさせてもらった庶民は、地主様・旦那様の田植えや稲刈りを始め、諸々の人手を多く必要とする行事には、決まって呼び出しを食って、懸命に労力奉仕をやった。夕食の酒宴の際に唄が出る。この曲を聞いて一様に閉会となり、座敷に上げられた。酒は残さずいただく。すばらしい闘牛も、当然飼育してこめられている家であるから、大飯釜が七つも八つもあり、米倉が九棟もある。御座敷内は銀の銚子に金の銚子誇だ。順次酒を注ぎ過すと、まぶしくなって部屋の隅々まで明るくなるとの、歓びいっぱい、目出度さいっぱいの歌である。尚この時代は普通はうす明るいのではなくうす暗い行燈が夜の明かりとりなれども、こんな場合は燭台を使い明るくする。曲は集落毎に多少の違いがあり、はりのあるこの曲を音声で紹介できないのが残念である。

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石場かち唄
通年 労働歌 3 集落
石場石場アーが 白銀ならば 立てた柱ーが 皆や白銀 目出度いナー いやヨイヤノ ガラガドオン サンヤノヤー ガラガドオン 嫁の在所へ 行ぎゃーる 孫を抱きに 三升樽下げて 目出度いナー いやヨイヤノ ガラガドオン サンヤノヤー ばばさん何所へ 行ぎゃーる 孫を抱きに 三升樽下げて 目出度いナー いやヨイヤノ ガラガドオン ガラガラドオン 石場石場アーが 何で財産作ーる 娘が ねーつんぼうで 何で財産作ーる 目出度いナー いやガラガラドオン サンヤノ ガラガラドオン 台詞 ここは大事の角柱 石打たいらに かってくりゃれ ガラガドオン サンヤノヤー ガラガドオン
唄われる場面

木造建築の基礎工事で石を地面に打ち込む際の労働歌。

唄の解説

池谷地区に伝わる石場かち唄。竹沢地区と同じく木造建築の基礎工事の際に歌われた。嫁や孫への言及など、生活に密着した歌詞が特徴的。

石場石場が 白銀ならば 立てた柱が 皆や黄金 目出度いナー いやヨイヤノ ガラガドオン サンヤノヤー 石場石場が 白銀ならば 立てた柱が— ヤ 見よや黄金 おもしろヤ アリャ ヨーイヨノ ヨー 石場石場が 白銀ならば 屋根は小判の—のヤ 見よや小判の鱗ぶき アリャ ヨーイヨノ ヨー 囃子 ここは大事の角柱 石打たいらに やってくりゃれ ヨーイヨノ サンヨノ ヨー
唄われる場面

木造建築の基礎工事で石を地面に打ち込む際の労働歌。音頭取りのリズムに合わせ大勢で丸太を落とす。

唄の解説

家屋、土蔵、物置等、すべて木造建築の基礎工事で、土台をのせる大きな石(三〇〜五〇キロ程度)を水平に背負い集める。直径三〇糎の丸太、一五〇糎位の高さのもので、呼吸を合わせて地面に落とす。この呼吸が、石場かち唄である。かちは打ち込む意であり、壮年層、青年を主として岩を地面にかち込む、大ぜいでやる仕事であり、また神事に通ずる祝い事である。一人の音頭取りが力強く唄い出す。唄のリズムに調子を合わせ、一息おいてはやし唄が出る。歌詞には「岩持って来い」「水持って来い」と表れていないが、適当のリズムに心を一つにして来い、歌う声を合わせて。夕方には上り酒が振舞われ、作業中の中休みとして楽しみでの中食の粥を腹一ぱい食べる方法であった。

やあれんさー かったるやーかったる 若い衆や 綱手の衆 きいてくれ ヨイトノサンヨノヨー ヨイイヨーサヨイヨーサ やあれんさー かったるやーかったる どうづきあげねは かわちゃくだ おおちゃくだ ヨイトノサンヨノヨー 若い衆や 綱でぬうたが 革でぬうたが きんちゃくだ ヨイトノサンヨノヨー ヨイイヨーサヨイヨーサ やあれんさー かったるやーかったる 力をそろえて やってくられが ここが大事な角柱 ヨイショノサンヨノヨー ヨイヤサノサヨイヤサノ やあれんさー かったるやーかったる 昔佐吾平と言う人が 百両で買うたる馬でさえ 綱手の皆さん きいてくれ あがるまんがを 引いたそうだが ヨイトノサンヨノヨー ヨイイヨーサヨイヨーサ やあれんさー かったるやーかったる 若い衆や きいてくれ おらが隣の ばあさんが 極楽浄土をとびこえて あんまるごしに しょう願したれば なす畑の草取りだが ヨイトノサンヨノヨー ヨイイヨーサヨイヨーサ やあれんさー かったるやーかったる おらが隣の その隣 ツンパチばあさと 言う人は 白が頭のカンザシが 抜けたも知らずに 腰つこやっが ヨイトノサンヨノヨー ヨイイヨーサヨイヨーサ やあれんさー かったるやーかったる 皆の衆 きいてくれ ここはなかなか しまらない なぞなぞかけるぞ 解いてくれ 善光寺参りと 解くわいの かながさべのこと かけたぞや ヨイトノサンヨノヨー ヨイイヨーサヨイヨーサ いくよるかいるが ありがとでそうだが そのまたところは 何と解く ヨイトノサンヨノヨー ヨイイヨーサヨイヨーサ やれんさー かったるやーかったる 若い衆や 綱手の衆 きいてくれ なぞなぞかけるぞ 解いてくれ ベベとかけたよ 解くわいな 何と解く 愛染様と 解くわいな そのまたところは 何と解く あながあって 賑やかそうだが ヨイトノサンヨノヨー ヨイイヨーサヨイヨーサ やあれんさー かったるやーかったる 若い衆や 綱手の衆 きいてくれ 十三娘と かけたぞや 解くわいな 天宝銭と そのまたところは 今じゃ通用できねが あながあっても 今何と解く そのまたところは 今じゃ通用できねが ヨイトノサンヨノヨー ヨイイヨーサヨイヨーサ
唄われる場面

木造建築の基礎工事で石を地面に打ち込む際の労働歌。謎かけの要素が含まれる。

唄の解説

虫亀地区に伝わる石場かち唄。謎かけの要素が多く含まれ、即興性が高い。「やあれんさー かったるやーかったる」の囃子言葉が特徴的。

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木遣り
通年 労働歌
ハーア 若い衆 ヤー 頼むーい ヨー ハーア そろ そろと たーのむ い ヨー ハーア 若い衆 ヤー たーのむ い ヨウー ハーア 大物だい ヨウー ハー 皆様よ たのむ い ヨウー
唄われる場面

大物(重い石・材木)を運搬する際の労働歌。角突きで牛が勝った時も木遣り節で牛を厩に送り込む。

唄の解説

山古志の農家がすべて茅葺だった頃、新築・改築の際の重い石・材木の運搬に使われた労働歌。一人の音頭取りが力強く唄い出し、唄のリズムに調子を合わせ、一息おいてはやし唄が出る。「岩持って来い」「水持って来い」と網に引きずられる。カンジキで巾広に踏みしめられた運搬用橇道を、直線だけではなく高所低所・カーブを考慮しながら使われた。角突きで牛が勝った時も必ず村の若い衆が共にそろえて木遣り節で牛を厩に送り込む。盆踊りの夜、青年男女が他村に出かけて行き、会場近くになると到着を唄で知らせ、退場する際も木遣り節でそろって退場するのが青年同志の大切な儀礼でもあった。

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田植え唄
労働歌 4 集落
ここは街道 道の端 見事に植えて ほめらりょう 見事に植えて 讃めらりょうや ほめらりょうや 見事に植えて ほめらりょう ほめらりょうや 苗が良ければ 代も良い 刈るようにゃ 刈るように 秋は数を 刈るようにゃ 刈るように 綿の手拭に おはちまあき 代に立つのが 我が殿いや 代に立つのが 我が殿いや 我が殿いや 山田 小やちに 田を持てば 蚊が刺きす 蚊が刺す 姉さんの白股 蚊が刺すいや 蚊が刺すいや 姉さんの白股 蚊が刺すー 日暮れ方の ウグイスが 日笠の中で ホウホェッキョ ホーホエッキョいや ホーホケキョウや 日笠の中で ホウホケキョウー 目出度うれしや おーさなぶり 来てくれいや 来てくれいや またも来年 またも来年 来てくれいや 来てくれいや 来てくれー ※ 最後の節は、主として 家の主人がうたう
唄われる場面

田植え作業の労働歌。さなぶり(田植え打ち上げ)への言及がある。

唄の解説

池谷地区の田植え唄。最後の節は主として家の主人が唄う。さなぶり(田植え終わりの骨休め)への感謝が込められている。

苗がよければ 代もよい 三千刈りも ひとしきり 三千刈りも ひとしきり ひとしきり 晩にゃ殿さに もませよう 晩にゃ殿さに もませよう もませよう しくりしくりと 病める腰 こねえに細かに 手をかけて 秋はカベを 刈るように 刈るように 秋はカベを 刈るように 刈るように ここは街道の 大みちばた 見事に植えて ほめらりょーや ほめらりょー 見事に植えて ほめらりょうや 姉さんの白股 蚊が刺すーや 蚊が刺す 山田小やちの 田をもてば 姉さんの白股 蚊が刺す 蚊が刺すーや 蚊が刺す
唄われる場面

田植え作業の労働歌。

唄の解説

竹沢地区の田植え唄。三千刈り(田の広さの単位)への言及があり、豊作への期待と労働のつらさが織り交ぜられている。

苗もよければ 代もよい 小苗にこまかに 手をこめて チクラ チクラと やめる腰 晩にゃ カカショに もませやろ 田には青々 黄金の波よ 秋はカラゲの ぼた餅だ ※カラゲ=稲刈りの終了=刈り上げ
唄われる場面

田植え作業のリズムを整える労働歌。早乙女たちが列を作り音頭取りに合わせて歌った。

唄の解説

絣の仕事着、真新しい手拭で、姉さんかむりの若い女の人の早苗取りから始まる田植え作業。小苗が四人五人と並んで植えられて行く。唄よく植打ちのきれいに整んだ所から、苗打ちの男が先づ美声を張あげ、交替に歌う。午前十時頃、大きな風呂敷に水浮き浮きした飯槽が運ばれ、土の匂いいっぱいの野良に腰をおろす。大きな豊作業であり、豊作のねがいのこめられている神事にも似た祝事。唄の上手と美声の取り持つ縁で結ばれた若いカップルもあったと言う。

ここは街どう 道の端 小苗こまかく 手をこめて 秋はカベを 刈りように ほめられろうや ここが終いたら どこ行ぎや さんぜん刈りの坪へ 行ごいや 苗のうちから カベ餅だ もちもちもちと 秋はカラゲの カベ餅だ おくのみ山に 田をもてば 嫁の内もも カアー(蚊)がさすそうや ※カベ=一株の本数が多く、豊作の手ごたえ
唄われる場面

田植え作業の労働歌。カベ(一株の本数が多く豊作の手ごたえ)への言及がある。

唄の解説

虫亀地区の田植え唄(第二番)。豊作への期待とユーモアが込められた歌詞が特徴的。

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盆踊り唄
盆踊り唄
今年しゃ 豊年だよ 豊年だよ 萬作年だよホー ヨイヨウオサヨイコラサー さーて皆様 たーのしみだ いやさー がってんかい ※囃子 ヨイヨウオサヨイコラサー 一ッ 日も良し お正月始めよホー 二ッ 日も良し 二日の晩の 夢見が良くてヨー 三ッ 三日の晩の 夢見かのうたよホー 三日の晩に その夢かのうたよホー 四ッ よろずの たからを求めよホー よろずの たからを求めヨー 五ッ いかほど けんごが増すがよホー いかほど けんごが増すがヨー 六ッ むつまじく この家の繁昌いよホー むつまじく この家の繁昌いよホー 七ッ なにかの 商い始めよホー なにかの 商い始めよホー 八ッ 山ほど 俵をつんだいよホー 山ほど 俵をつんだいよホー 九ッ ここのつ 倉まで建ててよホー ここのつ 倉まで建ててよホー 十ハ 戸まえまで 積みこみましたいよホー 戸まえまで 積みこみましたいよホー 旦那 大黒 おかみさんが おいびすヨー 大黒 おかみさんが おいびすよホー うちの子供衆が 七福神だよホー 子供衆が 七福神だいよー 私しゃいないようだ 声が少々かれたいよホー いないようだ 声が少々かれたいよホー どなたなりとも うたつぎ頼むいよホー なりとも うたつぎ頼むいよホー さきの音頭とりや どなたか知らぬいよホー 音頭とりや どなたか知らぬいよホー 声も よく立つ うたの感も上手いよホー よく立つ うたの感も上手いよホー 私しゃあのように 真似でもならぬよホー あのいように 真似でもならぬよホー うたっての るいやら のるぬかんも知らねいよホー のるいやら のらぬかんも知らねいよホー 許して くりゃれいよホー のらぬときや ゆるしてくりゃれいよホー かかる 文句がまた かずある中いよホー 文句がまた かずある中いよホー くりゃるなら 文句でもしょうかいよホー くりゃるなら 文句でもしょうかいよホー 新発田 新町 糸屋の娘よホー 新町 糸屋の娘よホー 姉の 三・七にちだよ 妹の三・七だよ 三・七にちは 妹の二・八いよホー 妹の 三・七には 望みもないがいよホー 三・七には 望みもないがいよホー 妹 ほしさに ご宮願 かあけたよホー ほしさに ご宮願 かあけたよホー かけた ご宮願を こまかによめぱよホー ご宮願を こまかによめぱよホー 一ニャ きのとの さ 白山さまいよホー 二ニャ 新潟のさ 白山さまいよホー 三ニャ さぬきのさ 金ピラさまいよホー 四ニャ 信濃の 善光寺ニョライよホー 五ニャ 五泉のさ ご大師さまいよホー 六ニャ 村上の いするぎさまいよホー 七ニャ 長岡の お蔵王さんの権現だよホー 八ニャ 弥彦のさ お明神さまいよホー 九ニャ くがみのさ 国上寺さまいよホー 十ニャ 栃尾の町 秋葉山の権現だよホー おおいせ七たび くまのい八たびよホー かけた ご宮願の かなわぬ時はよホー 前の 御池 身を投げてよホー 御池 身を投げ捨ててよホー 三十三ひろのさ 大蛇となりてよホー 三ひろのさ 大蛇となりてよホー 新発田 五万石 みなまき たやすいよホー 五万石 みなまき たやすいよホー 姉も 妹もさ みなまき たやすいよホー 妹もさ みなまき たやすいよホー 囃 ヨイヨウオサヨイコラサー
唄われる場面

お盆の夜、神社の境内で老若男女が輪になって踊る際に歌われた。昭和44年6月記録。

唄の解説

二十村郷(山古志村と周辺集落一体)の盆踊り唄。昭和44年6月、竹沢・星野一夫氏執筆。「ハヨシタ、ヨシタイサ」の囃子言葉と右肩から左腰への手の動きが特徴。音頭取りと後ッ節の二人一組で歌い継がれる。太鼓は「どんどん」と「返しばち」の組み合わせ。新発田から栃尾を経て種苧原の門戸をくぐり山古志全体に伝えられた宝物の財産。

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鳥追い唄
行事歌 2 集落
一番にくい鳥は 鴻の鳥と 鷺の小雀 稲三把 盗んで その稲どうした 酒に作りもうした その酒どうした 鴻と鷺を呼んで 鴻に三杯 鴻に三杯 鷺に三杯 こんどきだ 酔うた 酔うた こんどきだ 佐渡が島へ 佐渡が島へ 追いやった
唄われる場面

小正月十四日の晩、子供達が部落内を三周大声で廻り鳥を追い払う。最後に餅を焼いて食べて解散。

唄の解説

昔九月末頃になると稲の穂が黄金色にみのった時、鴻の鳥と鷺と小すずめが稲穂を食べあらした。非常に農家を苦しめた。そこでこの唄を作って村々の子供達に唄ってもらった。時に小正月十四日の晩に全員集まって、部落内を三周大声を張り上げて廻った。農家からごほうびにお餅をもらって事前に雪の中に穴を掘って、最後に全員でこの餅を焼いて食べながら楽しんで解散した。これで来年は安心、安心となった。

いっち にくい鳥は こうと さぎに 小すずめ 小すずめの じくしょうが 稲三ば ぬすんだ どうした こうと さぎに 小すずめ 酒に造りもうした その稲どうした こうに さんべい さぎに三べい よった よった こんどきだ 佐渡が島に追いやった
唄われる場面

小正月十四日の晩、子供達が部落内を三周大声で廻り鳥を追い払う。

唄の解説

虫亀地区に伝わる鳥追い唄。池谷地区と同じ行事の中で歌われたが、歌詞が異なる。「いっち」(一番)などの方言が含まれる。

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もぐら打ちの唄
行事歌・童唄
もっくら もちゃーどご 行ったー となる の屋敷へ ずる こんだー もっくら もちゃー どご 行ったー そこら へ 居たら かっつぶせー
唄われる場面

小正月十四日の夜、横槌にわら雑縄を結び屋根雪をおろした家のまわりを歌いながら引き歩く。

唄の解説

唄の分類からすれば童唄に属する。山合いの段々田畠の畦に、もぐらが穴を開ければ大切な水が逃げてしまう。小正月十四日の夜、夕食後いろりに薪を燃やし、午前三時頃戸外に出る。もっくら打ち(横槌にわら雑縄を結んだもの)で屋根雪をおろした家のまわりを歌いながら引き歩く。隣家へもぐらを追いやる歌詞で夜明けまで続ける。最後は「そこらへ居たら、かっつぶせ」で終る。十五日の朝食の小豆粥を煮た中に餅を入れて食べる。

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子守歌
通年 子守唄
ねん ねん ねんね ねんね しな 坊や は いい子 だ ねんね しな 俺子 が 寝っ たら 何 くりょや あつき まんまに 魚 かっ て さっ くり さらり と 食わせ よーかな おら家の 坊は 良い子だ ね 泣くから 泣くまで 泣いた 事たねー ねーんね ねーんね
唄われる場面

孫を背中に負う婆さん、または子守奉公の子供が歌った。

唄の解説

歌詞からすれば、孫を背中に負い無性に可愛がっている婆さんの、ほえましい姿が見える様だ。耕地が極度に少く食う事が最大の関心事だった頃、小作人や日雇家庭は子供が九才程度から子守奉公に出た。主に女の子が頼まれ他家に頼まれ、主家の幼児を背におんぶして居て子守も泣けば父母の気持ちになり、更に生家で自分を泣いて子守られたいものだと帰りたい一念となって泣いている。歌詞にも、いい子になって泣きやんでねんねしたら、おいしい赤飯と魚をあげるよ、最高の御馳走をしようとの心根である。曲はやさしくて多少の淋しさを含んだ哀調で、童唄に属すると思われる。